ベネディクティン | しっぽり...

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ベネディクティンを知る

ベネディクティン(Bénédictine)は、フランスを代表するのハーブ・薬草系リキュールです。
薬草の強くさわやかな香りと、どっしりとした甘味があります。黄緑色をしています。アルコール分は以前は43%でしたが現在は40%となっています。

1863年に、フランス北部ノルマンディー地方の町フェカン(Fécamp)の商人アレクサンドル・ル・グラン(Alexandre Le Grand)が、ベネディクト会の修道僧であるドン・ベルナルド・バンセリ(Dom Bernardo Vincelli)が1510年に書いたとされる薬酒のレシピを発見し、それをもとに商品化しました。
レシピが現存する最古のリキュールと言われています。
原料や製法は企業秘密とされていますが、ブランデーをベースにジュニバー・ベリーなど27種類のハーブやスパイスを浸漬して造られているということが知られています。

ベネディクティンのボトルには「DOM(ドム)」と書かれたラベルが貼られていますが、DOMとはラテン語の「Deo Optimo Maximo(ディオ・オプティモ・マキシモ)」の略で「至善至高の神へ」という意味で、これはベネディクト修道会の書物の冒頭に献辞としてよく書かれる祈りの言葉でもあります。

1930年代から、通常のベネディクティンをブランデーで割って甘さを抑えた「ベネディクティンB&B」も商品化されています。B&Bはベネディクティンとブランデー(Bénédictine and Brandy)の略です。

そのまま飲むのはもちろん、アイスクリームにかけたり洋菓子の風味付けに使われたりもします。
  1. ベネディクティンの伝説
  2. ベネディクティンの近代史
  3. ベネディクティンの製造工程
  4. ベネディクティンを材料に使ったカクテル

ベネディクティンの伝説

ベネディクティンは、1863年にアレクサンドル・ル・グランが商品化したリキュールですが、その原形となったのは中世ヨーロッパの錬金術師が編み出した長寿のための秘薬酒でした。

12世紀イスラム地域からヨーロッパに伝わった錬金術の目的は、金以外の物質を黄金に変える力を持つ賢者の石、人間に不老長寿をもたらす薬であるエリクサーを生み出すことでした。キリスト教にとって錬金術は異端扱いされている側面もありましたが、ヨーロッパ各地のキリスト教修道院では勉学や薬作りの一環として密かに錬金術の研究が行われていました。

フランス北部ノルマンディー地方のフェカンにあったベネディクト会のフェカン修道院も例外ではなく、修道士たちは蒸留や植物の研究に熱心でした。
ベネディクティンのもとになったレシピを書き残したドン・ベルナルド・バンセリ(Dom Bernardo Vincelli)はその中のひとりでした。
バンセリは、錬金術師でもあった古代の神人ヘルメス・トリスメギストスが記したとされるヘルメス文書に基づく古代思想のエキスパートで、1505年にイタリアのモンテ・カッシーノからフランスのフェカンへやってきた後、1510年に多種のハーブを調合してエリクサーを生み出しました。

バンセリが作ったエリクサーの噂は修道院の外に広がり、当時のフランス国王だったフランソワ1世(Francis I)がフェカンを訪れて、これを味わった際に「こんなに美味しいものを今まで飲んだことがない!」と叫んだということです。

その後、1787年にフランス革命が始まって、キリスト協会が弾圧を受けて修道院が閉鎖されるまで、このエリクサーは造られていたとされています。

ただし、これらのエピソードはベネディクティンの宣伝のためにル・グランが創作したものとも言われています。


ベネディクティンの近代史

ベネディクティンを商品として完成させたアレクサンドル・ル・グラン(1830/6/6〜1898/6/25)は、北仏の町フェカンのワイン商人であり美術コレクターでした。
ル・グランの家には、祖父の時代に1787年より始まったフランス革命の際に弾圧を受けて逃げることとなったベネディクト会のフェカン修道院から買い取ったか譲り受けたと思われる多くの書物が保管されていました。
1863年、ル・グランはそれらの書物の中から1冊のミステリアスな本を見つけて、強い興味を抱きました。1510年にドン・ベルナルド・バンセリという修道士によってブラックレターで書かれた200ページ程の書物で、古代思想であるヘルマン主義と錬金術の研究について扱っており、万能薬エリクサーを生み出す賢者の石についての記述を含んでいました。
ル・グランは、試行錯誤の末にこの本に書かれていたエリクサーの再現に成功しました。そして、修道院にちなんで「ベネディクティン(Bénédictine)」という名前のリキュールとして売り出すために、ローマのベネディクト会からこの名前とフェカン修道院の紋章を使用する権利を取得しました。

ル・グランはオリジナルなデザインのボトルとラベルを特注してベネディクティンの生産を開始して、発売から10年後には年間15万ボトルも売り上げるほどの大成功を収めました。
1876年にはベネディクティン社(Bénédictine S.A.)を設立して、1882年に株式上場して、年間100万本の増産を可能にするために新しい蒸溜所を開設しました。

この成功は、当時フランスでリキュールが好まれていたことだけでなく、ル・グランの類稀なマーケティング能力によるところが大いにありました。

ル・グランはアルフォンス・ミュシャ(Alphonse Mucha)、セム(Sem)、ルイズ・アベマ(Louise Abbém)などの有名アーティスト達と提携して、宣伝のためのポスターだけでなくマッチ箱、灰皿など様々なノベルティグッズを作って配布しました。こういった宣伝手法は当時としては先進的なものでした。

また、1880年代にはフェカンの町にベネディクティンの蒸溜所と美術館を兼ねるベネディクティン宮殿(Palais Bénédictine)を建築家のカミラ・アルバート(Camille Albert)に建築してもらいます。1892年に火災で壊滅的な状態となってしてしまいますが、幸いなことに被害を免れた蒸溜所でベネディクティンの製造は続けられました。
その後すぐに再建が始まりましたが、残念なことに完成したのはル・グランの死後のことでした。このベネディクティン宮殿はネオ・ゴシック様式とネオ・ルネサンス様式を組み合わせた荘厳な建物で、ベネディクティンの歴史を描いた大きなステンドグラス窓があり、数百種類ものベネディクティンの偽造品など、ベネディクティンにまつわる様々な展示物だけでなく、ルネサンス期の美術品のコレクションが飾られており、ベネディクティンの文化発信の拠点となりました。

カクテルブームが起きた1920年代にアメリカでベネディクティンとブランデーを混ぜたカクテルのB&Bが流行り、ベネディクティン社は1937年にB&Bを製品化しました。B&Bは現在でも販売されています。

また1977年にベネディクティンとコーヒー・リキュールを混ぜたカフェ・ベネディクティン(Café Bénédictine)を販売しましたが、現在は生産していません。

ベネディクティンは1988年にマティーニ・エ・ロッシ(Martini & Rossi)に買収され、さらに1992年にバカルディ社(Bacardi)に買収され、現在はバカルディ・マティーニ社(Bacardi-Martini Limited)のブランドとなっています。


ベネディクティンの製造工程

ベネディクティンはマスター・ハーバリスト(薬草の責任者)が世界中から品質を吟味して選んだ27種類の植物と香辛料を使って、マスター・ディスティラー(蒸留責任者)の確かな経験と技術によって時間をかけてじっくりと造られます。詳細は企業秘密にされていますが、大まかな製造行程は次の通りです。

  1. 材料ごとに中性スピリッツに漬け込んだ後、その成分に応じてゆっくり蒸留します。材料によっては2回蒸留します。蒸留にはル・グランの時代からの銅製の蒸留器が使われます。蒸留によって4種類のアルコール成分が抽出されます。これらの成分は「エスプリ」とも呼ばれます。
  2. 4種類のエスプリはブレンドして、大きなオーク樽で8ヶ月間寝かせます。これによって4つのエスプリが調和すると共にそのエッセンスが存分に引き出されます。
  3. 仕上げに蜂蜜とサフランを煎じた液をブレンドすることで、ベネディクティン特有のサフランとアンバーの色合いが生まれます。これを2回55℃まで加熱します。
  4. 最後に大きなオーク樽で4ヶ月間熟成して成分の微妙なバランスを合わせた後、濾過して完成します。