混成酒とは?(醸造酒・蒸留酒・混成酒の違いを知る) | しっぽり...

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混成酒(こんせいしゅ)を知る。

混成酒とは、醸造酒や蒸留酒に薬草や果実、香料、甘味などを混ぜたり浸したりして作ったお酒です。
特に、蒸留酒で作った混成酒をリキュールと呼びますが非常に多くの種類があります。
  1. 混成酒の起源
  2. リキュールの誕生
  3. リキュールの歴史

ベネディクティン

ハーブ系リキュール。1863年にフランスの商人アレクサンドル・ル・グランが1510年にベネディクト会の修道僧によって編纂されたとされる錬金術にまつわる書物を見つけ、その記述にあった秘薬酒を復元したものです。27種類のハーブやスパイスをスピリッツに浸けたあと、樽熟成してから甘さを調整して瓶詰めされます。 

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シャルトリューズ

ハーブ系リキュールの銘酒です。フランス宮廷に伝わるエリクサー(不老不死の霊薬)について書かれた写本が1605年に修道士に伝えられたのが始まりです。1789年のフランス革命で修道会が解散させられるも、奇跡的に伝えられたレシピをもとに復元されました。製造法は秘伝とされ2人の修道士のみが知っており、今でも謎に包まれています。

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カンパリ

1860年ミラノのバーテンダーだったガスパーレ・カンパリが売り出したお酒です。様々なハーブや果実を配合して造られています。鮮やかな赤い色と苦味が特徴です。

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コアントロー

1875年にフランスのコアントロー社が生み出したホワイト・キュラソー(無色透明のオレンジ・リキュール)で、適度な甘みとスッキリとした柑橘香味が特徴です。

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グラン・マルニエ・コルドン・ルージュ

1880年にフランスのアレクサンドル・マルニエ・ラポストールにより生み出されたオレンジ・リキュールです。コニャックの新酒をベースにビターオレンジを漬けて蒸留した後、オーク樽で熟成させて作らレます。オレンジの香りとまろやかな香りが特徴です。

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カシス・リキュール

ベリー系リキュールの一種で、カシス(黒すぐり)の実を原料に造られたリキュールです。特にクレーム・ド・カシスと呼ばれるのは、1リットルあたり400g以上の糖分を含みアルコール度数15度以上という基準を満たすものです。

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梅酒

梅酒(うめしゅ)は、江戸時代に日本で作られるようになったと考えられています。青梅を、スピリッツに漬け込んで作られます。

カルーア

コーヒー・リキュールの代名詞的な銘柄で1936年にメキシコで生まれました。カルーア・ミルクというカクテルの材料としても世界的に有名です。癖のない甘さとコーヒーのほろ苦さが特徴です。

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ティア・マリア

1947年にジャマイカの医学者ケネス・リー・エヴァンスが、地元産のブルーマウンテン・コーヒーとラム酒をブレンドして製品化したコーヒー・リキュール。 したがって、当初はラムをベースとするリキュールであった。現在はサトウキビで作った中性スピリッツをベースに作られている。 控えめな甘さとコーヒー風味とのバランスの良さが特徴。

カカオ・リキュール

カカオ・リキュールは、焙煎したカカオ豆をアルコールとともに蒸留し、バニラの香味やカカオの色素、糖分などを加えて造ったリキュールです。チョコレートのような風味が特徴です。

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アマレット

あんずの種を中心に17種類のハーブや果実を使って作られたイタリアのリキュール。アーモンドのような甘く香ばしい香りが特徴。

アドヴォカート

オランダ産の黄色い濃厚なクリーム状のリキュール。卵黄・香りのよいスピリッツ・砂糖・ブランデーと、少量のバニラから作られる。甘くて口当たりがよい。

アイリッシュクリーム

1974年にR.&A.ベイリー社によって開発されクリーム系のリキュール。アイリッシュ・ウィスキーにクリームを混ぜて作られる。

ベルモット

白ワインをベースに香草やスパイスを配合して作られたフレーバードワイン。 イタリア発祥で甘口のスイート・ベルモットとフランス発祥で辛口のドライ・ベルモットがある。

混成酒の起源

混成酒の起源は、紀元前4世紀頃に古代ギリシアの医者ヒポクラテス(紀元前460頃-紀元前370頃)がワインに薬草を溶かし込んだ薬酒を作ったのが最初という説があります。ヒポクラテスは医学の父、医聖などと呼ばれています。
日本でも平安時代に中国から伝わり宮中で飲まれるようになった屠蘇(とそ。屠蘇という漢方薬を日本酒に浸した薬酒)や菊酒(きくざけ。菊の花を日本酒に浸した薬酒)は3世紀頃の中国(三国時代)に生み出されたものが由来で、蒸留酒が飲まれるようになる前から各地で醸造酒をベースとした混成酒が作られていたものと考えられます。

リキュールの誕生

リキュールとは蒸留酒で作った混成酒を限定した分類で、蒸留酒で作った混成酒は含まないのですが、リキュールの多様さとエピソードには、混成酒=リキュールと誤解してしまうほどの豊富さがあります。

12世紀以降にヨーロッパ各地の錬金術師達がアラビア地域から伝わった蒸留酒の製法を基にしてそれぞれ独自の蒸留酒を生み出します。蒸留酒は「生命の水(Aquavitae、アクア・ヴィテ)」と呼ばれ、その存在は医薬的なものでした。
錬金術の目標は黄金や不老長寿などの完全な存在を生み出す「賢者の石」もしくは「エリクサー(エリクシル)」を生み出すことでしたが、蒸留酒はそのエリクサーとして生み出されたものだったのです。

13世紀頃に医者であり錬金術師でもあったスペインのアルノード・ヴィルヌーブ(1235頃-1313頃)が蒸留酒の薬酒としての力を高めようと、ブランデーにレモン・バラ・オレンジの花やスパイスなどの成分を抽出して混ぜ込んで香りづけした酒を作り出し「リケファケレ(liquefacere、ラテン語で「溶け込ませる」の意)」と名付けました。これがリキュールの始まりとされています。
14世紀中頃、全世界で黒死病(ペスト)が蔓延し膨大な数の死者が出ましたが、その際も、ヨーロッパではリケファケレが病の苦しみを和らげる貴重な薬品として使われました。

リキュールの歴史

黒死病が流行した14世紀、錬金術を学べる環境にあったキリスト教の修道士たちが、修道院の近隣の山野で集めた薬草や香草を使ってエリクサーとしてのリキュールづくりに励みました。修道士たちが作ったリキュールのことを「モンクス(修道士の)・リキュール」と呼びます。修道士たちはこのリキュールを自分達で使うだけでなく病に苦しむ信者や訪れた旅人たちにの滋養強壮のために分け与えたそうです。
その後、シャルトリューズやベネディクティンなど現代に伝わるリキュールが修道士たちによって生み出されます

15世紀に入って、リキュールはイタリアを筆頭に広まっていきます。
イタリア北部バドヴァの医師、ミケーレ・サボナローラ(1384-1468)が、ブランデーを薬として飲みたがらない患者のために、バラの花の香りとモウセンゴケの味を溶かし込んで飲みやすくしたリキュールを開発し「ロゾリオ(Rosolio、イタリア語で「太陽のしずく」の意)」と名付けました。これが評判を得てイタリア全土で模倣品が作られるようになりました。
16世紀にイタリアの都市フィレンツェの名家メディチ家のカトリーヌ・メディチ(1519-1589)がフランス王家に嫁いだ際にひきつれていた調理人がブランデーにアニス、シナモン、ムスクなどで香り付けした「ポプロ(populo)」というリキュールをフランスの宮廷に紹介しました。これが人気を博し、貴族、領主、諸侯など上流階級の間でリキュールづくりが盛んになっていきました。

この時期はコロンブスに代表されるように、ヨーロッパ人が知られざる大陸の発見を求めて世界中を航海した大航海時代(15世紀半頃〜17世紀半頃)と重なり、アジア、アメリカ、アフリカなど世界各地から様々な香辛料(スパイス)、木の実、果実がヨーロッパにもたらされ、これらを材料に多様なリキュールの開発につながりました
1575年にはオランダのアムステルダムでボルス家が世界最古のリキュール製造会社のボルス社を作ります。
日本でもちょうどこの頃、16世紀の秀吉の時代に宣教師が持ち込んだ利休酒と言われる酒が、日本に伝わった最初のリキュールではないかとされています。

18世以降になると医療技術の発達や食生活の豊かさなどから、リキュールは医薬的効用を求めるのではなく嗜好品としてその美味を求める傾向が生まれ、強まっていきます
色彩の美しさも洗練されてゆき、上流階級の婦人たちは、身につけた宝石や衣服とコーディネイトしてリキュールを選ぶようになります。そして、リキュールは「液体の宝石」「飲む香水」とも言われるようになりました。

それまで上流階級のたしなみだったリキュールが一般大衆にも広まったのはこの頃で、蒸留酒にベリーやハーブ類を浸して砂糖などで味付けしたラタフィア(ratafia)と呼ばれるリキュールがイギリスやフランスの家庭で作られるようになりました。
19世紀半ばになると大衆にも絶大な人気を得て、異なるリキュールを混ぜて飲むカクテルという飲み方の発展とともに、現在に至るまで世界中で飲まれるようになりました

日本では1853年に黒船が来航して、ペリー提督が浦賀奉行をもてなした際に様々な酒とともに出されたリキュールが好評だったという記録が残っています。逆に幕府がペリー総督をもてなした際に食前酒として出された保命酒という混成酒が絶賛されたそうです。
その後明治に入って横浜をはじめとした港町でリキュールが輸入され、ヨーロッパ文化のシンボルとして上流階級の間でホテルやバーなどで飲まれるようになっていった。