混成酒とは?(醸造酒・蒸留酒・混成酒の違いを知る)

混成酒とは?(醸造酒・蒸留酒・混成酒の違いを知る)

混成酒(こんせいしゅ)を知る。

混成酒とは、醸造酒や蒸留酒に薬草・香草(ハーブ)や果実、香料、甘味などを混ぜたり浸したりして作ったお酒です。もとは薬酒として生み出されたものでしたが、現在では食前酒や食後酒としての他、カクテルの材料としてやコーヒーや紅茶の風味付けに、またケーキをはじめとするお菓子づくりにも使われます。

非常に多くの種類が存在します。色鮮やかなものが多く、味も多様です。

01リキュールの定義

特に、リキュールと呼ばれるのは混成酒のなかでも蒸留酒(スピリッツ)をベースに造られたもののこととされる場合が多いです。

一般的には醸造酒をベースに造られた混成酒はリキュールに分類されないものとされており、具体的にはワインをベースに造られるサングリアやベルモットなどがあります。これらは混成酒ですが分類上はワインのくくりで語られることが多いです。ですので当サイトでも、それらの紹介はワインのページで行い、このページでは大まかにリキュールと呼ばれるものについて見ていくことにします。

リキュールという言葉は国によって定義が様々で、EUの基準ではリキュールとは呼べないけれども日本の酒税法上はリキュールに分類されるものがあったりします。日本ではリキュールの本場といえるEUの定義で紹介されることも多く、リキュールを語る際に分類の境界線があいまいになりやすく、混成酒=リキュールとされていることもあります。

日本、EU、アメリカの定義はそれぞれ次のようになっています。

日本

日本では酒税法でリキュールが定義されています。「酒類と糖類その他の物品(酒類を含む)を原料とした酒類で、エキス分が2%以上のもの、ただし清酒、合成清酒、焼酎、みりん、ビール、果実種類(果実酒、甘味果実酒)、ウイスキー、ブランデー、スピリッツ類、発泡酒、粉末酒は除く」とされています。

このため醸造酒ベースでもこの条件を満たせばリキュールに分類されます。

EU

1リットル当たり100g以上の糖分を含む、アルコール分15%以上の蒸留酒(ないし蒸留酒に香味成分などを加えたもの)とされています。

さらに、1リットル当たり250gの糖分を含むものは高級品の証として名前の先頭に「クレーム・ド(creme de)」と付けることができます。ただし、例外がありカシス・リキュールがクレーム・ド・カシスと名乗るには1リットルあたり400g以上の糖分を含んでいる必要があったり、エッグ・リキュールの場合も別の規定が存在したりします。

なお「クレーム・ド」とはフランス語で「(クリームのように)濃厚な」という意味で、甘味が濃厚なことを示しています。

フランス

EUの中でもフランスでは「草根木皮、果実、果皮、花、穀物などの服材料をアルコールのなかに煎じるか、浸漬した液体、もしくはその液体を蒸留した液体、またはそれらを調合した液体」と服材料や製法についても定義されています。

アメリカ合衆国

アルコール、ブランデー、ジン、その他のスピリッツに、果実、花、生薬、ジュース、あるいは天然フレーバーなどの副材料を使って造った、糖分2.5%以上のアルコール飲料、とされています。

さらに、国内産のものをコーディアル(cordial)、また製造時に天然フレーバーではなく合成フレーバーを使用したものはアーティフィシャル(artificail)と表記することが定められています。

エキス分とは

リキュールなどのラベルや商品説明を見ると「エキス分〜度」などと書かれているのを目にします。「エキス」とは、お酒から蒸発する物質を全部蒸発させたときに、蒸発せずに残る物質のことです。そして「エキス分」とはお酒の容量のうち、どの程度エキスが含まれているかを表す指標で、単位は「度」か「%」で表します。

お酒の場合いちばん多いのは糖分で、エキス分が高いお酒ほど甘い味がします。リキュールは醸造酒や蒸留酒と比べてエキス分が高め、つまり甘いという特徴があります。

日本の酒税法では「温度15℃のときにおいて原容量100立方センチメートル中に含有する不揮発性成分のグラム数」と定められていますが、かなり大雑把に常温で100ml中何gが糖分かととらえてしまっても差し支えないかと思います。

ちなみに、エキス分が高いほど比重が重く、比重が重いものほど沈む性質があり、これを利用して色々な色の複数のリキュールをエキス分の高いリキュールから順にグラスに注いでカクテルにするプース・カフェというスタイルがあります。

02リキュールの分類と代表的なリキュール

リキュールは種類が非常に多く原料や製造方法も多様ですが、香味の中心となる原料によって「薬草・香草系(ハーブ系)」「果実系(フルーツ系)」「ナッツ・種子・核系」「その他の特殊系」と大きく4つに分類するのが一般的です。ですが、明確にどちらと分類しがたいものも多く、便宜上の分類とされています。

薬草・香草系(ハーブ系)

薬草・香草系リキュールは数種類から数十種類の薬草や香草、スパイスを組み合わせて造られたものです。リキュールの中で最も歴史が古く、中世の時代から造られていたものが14世紀頃にヨーロッパの修道士達に伝わり修道院で薬酒として造られるようになったのがはじまりです。

フランスのベネディクト会修道院で造られた「ベネディクティン」やシャルトリューズ会修道院で造られた「シャルトリューズ」が有名です。

材料に使われる薬草や香草には次のようなものがあります。

ニガヨモギ、ニオイスミレ(ヴァイオレット)、リンドウ、ペパーミント、アニス、コリアンダー、カルダモン、クミン、クローブ、シナモン、セージ、タイム、緑茶(ティー)、ナツメグ、バニラ、フェンネル、ラベンダー、バラ、桜の花、レモングラス、etc.

 

シャルトリューズ

フランス宮廷に伝わるエリクサー(不老不死の霊薬)について書かれた写本が1605年に修道士に伝えられたのがはじまりです。1789年のフランス革命で修道会が解散させられるも、奇跡的に伝えられたレシピをもとに復元されました。製造法は秘伝とされ2人の修道士のみが知っており、今でも謎に包まれています。

ベネディクティン

1863年にフランスの商人アレクサンドル・ル・グランが1510年にベネディクト会の修道僧によって編纂されたとされる錬金術にまつわる書物を見つけ、その記述にあった秘薬酒を復元したものです。27種類のハーブやスパイスをスピリッツに浸けたあと、樽熟成してから甘さを調整して瓶詰めされます。 

カンパリ

ミラノのバーテンダーだったガスパーレ・カンパリが1860年に売り出したお酒です。様々なハーブや果実を配合して造られています。鮮やかな赤い色と苦味が特徴です。

ミント・リキュール

ミント・リキュールは、ペパーミントなどの香草を漬け込んでさわやかなミントの風味を付けたお酒です。

ビターズ

ビターズは、様々な薬草・香草・樹皮・精油などをスピリッツ(蒸留酒)に漬け込んで造ったリキュールです。苦味が強いのが特徴で苦味酒や苦味剤とも呼ばれます。

果実系(フルーツ系)

果実系リキュールは果実や果皮を使って造られたリキュールです。あらゆるフルーツを使ったリキュールが存在し、色彩も豊富で、最も種類の多いカテゴリーです。

単一のフルーツの香味で造られるものと、複数のフルーツの香味をミックスして造られるものとがありますが、多くの場合はそれ以外にもスパイスやシロップなどの補助材料を加えてバランスの良い味に造られています。

フルーティーな味わいから食後酒としてや、カクテル、お菓子づくりの材用として多用されます。

 

キュラソー(オレンジ・リキュール)

キュラソーとは、オレンジの果皮をスピリッツに漬けて蒸留して甘味を加えたリキュールです。オレンジ・リキュールとも呼ばれます。最初に造られた果実系リキュールとされており17世紀後半頃に誕生しました。果実系リキュールの中でも代表的な存在です。ホワイト・キュラソーの「コアントロー」やオレンジ・キュラソーの「グラン・マルニエ・コルドン・ルージュ」などが有名です。

カシス・リキュール

ベリー系リキュールの一種で、カシス(黒すぐり)の実を原料に造られたリキュールです。果実系リキュールの中でも人気が高いです。リキュールの決まりとして通常は1リットルあたり100g以上の糖分を含みアルコール度数15%以上であれば「クレーム・ド・〜」と名乗ることができますが、カシス・リキュールの場合は特別で、クレーム・ド・カシスを名乗るには1リットルあたり400g以上の糖分を含みアルコール度数15%以上という基準を満たす必要があります。

スロー・ジン

スロー・ジンとは、スモモの一種であるスローベリー(スピノサスモモ)をジンなどの蒸留酒に漬け込んで造られたリキュールです。深いルビー色をしています。

梅酒

梅酒(うめしゅ)は、6月頃に収穫される青梅を、砂糖と蒸留酒(スピリッツ)または醸造酒に漬け込んで造られる日本生まれのリキュールです。

ナッツ・種子・核系

ナッツ・種子・核系リキュールはナッツ類や果実の種子や核(種子の皮を除いた中身)を使って造られたリキュールです。

こってりと濃厚で甘みが強く食後酒に向いていますが、最近ではライトで繊細な製品も出てきています。お菓子作りの材料としても人気が高いです。

ナッツ・リキュール

ナッツとは、つまみなどでよく食べるマカデミア・ナッツ、ヘーゼルナッツ、ウォールナッツ(クルミ)などの総称です。また栗の実(マロン)もこれに含まれます。これらを使って造られたのがナッツ・リキュールです。

種子リキュール

種子とは果実の種のことで、これを使って造られたのが「種子リキュール」です。コーヒー豆やカカオ豆が代表的な材料です。

コーヒー・リキュール

コーヒー・リキュールは、焙煎したコーヒー豆を蒸留酒(スピリッツ)で抽出した後にシロップを加えて造ったリキュールです。コーヒーの香りが高いのが特長です。「カルーア」が特に有名です。

カカオ・リキュール

カカオ・リキュールは、焙煎したカカオ豆をアルコールとともに蒸留し、バニラの香味やカカオの色素、糖分などを加えて造ったリキュールです。チョコレートのような風味が特徴です。

核系リキュール

核とは種子の皮に包まれた中身の部分のことで、仁(じん)と呼ばれることもあります。これを使って造られたのが「核系リキュール」です。

アマレット

杏(あんず)の核を中心にハーブや果実を使って作られたイタリア発祥のリキュールです。アーモンドのような甘く香ばしい香りが特徴です。

その他の特殊系

他のいずれにも属さない特殊なタイプのリキュールが特殊系に分類されます。クリーム、卵、ヨーグルトなどアルコールと一体化しづらい材料を使ったものが多く、これは近年の新技術によって実現した画期的なリキュールです。様々な個性豊かなリキュールがあります。

 

アドヴォカート

アドヴォカートはオランダの伝統的な卵リキュールで、クリームのような質感でカスタードクリームのような香りと味があります。

アイリッシュクリーム

アイリッシュ・クリームは、ミルククリームとアイリッシュウイスキーで造られたアイルランド産のウイスキー・クリーム・リキュールです。

03リキュールの歴史

混成酒の起源

ヒポクラテスの肖像画
ヒポクラテス

混成酒の起源は、紀元前4世紀頃に古代ギリシアの医者で医学の父や医聖などとも呼ばれているヒポクラテス(紀元前460頃-紀元前370頃)がワインに薬草を溶かし込んだ薬酒を作ったのが最初という説があります。

日本でも平安時代あたりから宮中では屠蘇(とそ、屠蘇という漢方薬を日本酒に浸した薬酒)や菊酒(きくざけ、菊の花を日本酒に浸した薬酒)のような混成酒が飲まれていたとされていますが、これは3世紀頃に中国(三国時代)に生み出されたものが由来で、かなり古い時代から各地で醸造酒に何らかの成分を加えて飲む風習があったものと考えられます。

リキュールの誕生と語源

リキュールは蒸留酒をベースに何らかの成分を加えて造られた混成酒です。現代に伝わっている蒸留酒は、12世紀頃のヨーロッパの錬金術師達がアラビアの錬金術師達から受け継いだ蒸留の技術を使って生み出したものです。蒸留酒の誕生にともなって、リキュールも造られるようになりました。

蒸留酒は醸造酒を蒸留することによって得られるアルコール度数の高いお酒ですが、これを飲むと体が熱くなり気持ちが高ぶるので「生命の水(アクア・ヴィテ)」と呼ばれており、その存在は医薬的なものでした。そもそも錬金術の目標は黄金や不老長寿などの完全な存在を生み出す「賢者の石」もしくは「エリクサー(エリクシル)」を生み出すことで、蒸留酒やそれをベースに造られたリキュールはエリクサーとして造られたものでした

アルノー・ド・ヴィルヌーブの肖像画
アルノー・ド・ヴィルヌーブ

歴史的には、13世紀頃に医者であり錬金術師でもあったスペインのアルノー・ド・ヴィルヌーブ(1235頃-1313頃)が蒸留酒の薬酒としての力を高めようと、レモン・バラ・オレンジの花やスパイスなどの成分を抽出してブランデーに加えたのがリキュールのはじまりとされています。この最初のリキュールはラテン語で「溶け込ませた液体」という意味で「リケファケレ(liquefacere)」と名付けられました。「リキュール」という言葉の語源はラテン語で「液体」を意味する「リクォール(liquor)」だとする説がありますが、この「リケファケレ」が語源とも考えられています。

14世紀中頃、黒死病(ペスト)が流行しヨーロッパの3分の1もの人が亡くなりましたが、その際にはこのリキュールが貴重な薬品として使われたそうです。

錬金術師から修道士へ

14世紀頃以降、錬金術を学べる環境にあったキリスト教の修道士たちが、修道院の近隣の山野で集めた薬草や香草を使ってエリクサーとしてのリキュール造りに励みました。修道士たちが作ったリキュールのことを「モンクス(修道士の)・リキュール」と呼びます

各修道院はリキュール造りに力を入れてそれぞれの個性的なものが生み出されました。そうした流れのなかでシャルトリューズやベネディクティンなどの銘酒も生み出され、現代に伝わっています。

当時、モンクス・リキュールは修道院を訪れた貴族や病に苦しむ信者、訪れた旅人たちにの滋養強壮のために分け与えられたといわれていますが、多くの庶民がこれに触れる機会はありませんでした。

ヨーロッパ上流階級への広まり

15世紀に入って、リキュールはイタリアの上流階級に広まっていきます。

イタリア北部バドヴァの医師、ミケーレ・サボナローラ(1384-1468)が、ブランデーを薬として飲みたがらない患者のために、バラの花の香りとモウセンゴケの成分を溶かし込んで飲みやすくしたリキュールを開発し「ロゾリオ(Rosolio、イタリア語で「太陽のしずく」の意)」と名付けました。これが貴族達の評判を得てイタリア全土で模倣品が作られるようになりました。

16世紀に入るとリキュールはフランスの上流階級にも広まっていきます。

そのきっかけは1533年にイタリアの都市フィレンツェの名家メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589)がフランス王家のアンリ2世に嫁いだことでした。カトリーヌ・ド・メディシスがフランスに引き連れて行った召使いの中にリキュール造りの職人がおり、ブランデーにアニス、シナモン、ムスクなどで香り付けした「ポプロ(populo)」というリキュールを作りました。これは非常に香り高くフランスの宮廷で人気を博しました。

リキュールの多様化、薬酒から嗜好品へ

ヨーロッパの上流階級にリキュールが広まっていった時代は、コロンブスをはじめとしたヨーロッパ人達が知られざる大陸の発見を求めて世界中を航海した大航海時代(15世紀半頃〜17世紀半頃)と重なり、アジア、アメリカ、アフリカなど世界各地から様々な香辛料(スパイス)、木の実、果実がヨーロッパにもたらされ、これらを材料に多様なリキュールの開発につながりました

1575年にはオランダのアムステルダムでボルス家が世界最古のリキュール製造会社のボルス社を作ります。

1695年に創業したオランダのデ・カイパー社はビター・オレンジの皮からとったエキスを溶け込ませたキュラソーを売り出しました。薬草や香草ではなくフルーツを主体にしたリキュールの登場は画期的でした

リキュール製造会社が様々な新種のリキュールを発表したことで、社交界では貴婦人たちが身につけている洋服や宝石の色にリキュールをコーディネートする習慣が生まれ、リキュールは「液体の宝石」や「飲む香水」と呼ばれるようになりました。それを受けてさらに色鮮やかで香りのよいリキュールが数多く造られました。また色彩や香りだけでなく美味しさを追求するようになっていきました。

このように16世紀後半以降、リキュールはハーブを原料にした薬酒から、スパイスやフルーツを含めて多様な材料を使ったバリエーション豊かな嗜好品へと姿を変えていったのです。

リキュールの大衆化

17世紀頃まではリキュールの民衆への知名度は低く、より安価なワインなどが飲まれていましたが、18世紀に入って、蒸留酒にベリー類やハーブ類を浸して砂糖などで味付けをした「ラタフィア(ratafia)」と呼ばれる赤いリキュールがイギリスやフランスの家庭で造られるようになり、ホームリカーの代名詞ともいえる存在となりました。イギリスの家庭ではラタフィアの一種としてジンにスロー・ベリーという西洋スモモを浸して造る「スロー・ジン」というリキュールが造られるようになりましたが、これは今でもイギリスの家庭で飲まれています。

19世紀にはイギリスで連続式蒸留機が発明されて、よりクリアでアルコール度数の高い蒸留酒が大量生産できるようになり、ボルス社やデ・カイパー社などは世界各国にリキュールを輸出して知名度を上げていきました。

また19世紀後半に、複数のリキュールを混ぜて飲むカクテルと呼ばれる飲み方がアメリカで生まれました。1920年代に禁酒法が施行されたアメリカでは、隠れてお酒を飲むためにジュースに強い酒を混ぜて飲むカクテルが人気となり、特に元からカラフルな色が付いたリキュールは人気を集めました。また、禁酒法によって職を失ったバーテンダーがヨーロッパへ移ったことで、カクテル文化もヨーロッパへ広がり、世界的にもカクテルがブームとなりました。

カクテル人気が定着する中でリキュールはその材料として欠かせないものになりました。

 

04日本のリキュールの歴史

日本では古くから屠蘇や菊酒のような混成酒が飲まれていましたが、ヨーロッパのリキュールが伝わったのは16世紀に豊富秀吉が日本統一した頃と言われています。オランダやイギリスの宣教師が持ち込んだ利休酒と言われる酒が、リキュールだったのではないかと考えられています

また、1853年に黒船が来航してペリー提督が浦賀奉行をもてなした際には、様々な酒とともに出されたリキュールが好評だったという記録が残っています。逆に幕府がペリー総督をもてなした際に食前酒として出された保命酒という混成酒が絶賛されたそうです。保命酒は1659年に医師の中村吉兵衛が福山藩で薬用酒として造り始めたリキュールでもち米、米麹、焼酎とで造った原酒に高麗人参や桂皮など16種類の漢方薬を漬け込んだものでした。これは現在でも広島県福山市鞆町で造られています。

明治に入って横浜のコードリエ商会という会社がリキュールの輸入を始めたことで、西洋文化のシンボルとして上流階級や文化人達の間で飲まれるようになっていきました。その後、大正から昭和初期にかけてリキュールの輸入量は増えましたが、1937年に日中戦争が始まり、さらに戦争が第二次世界大戦へと拡大していく中で輸入量は激減してしまいました。1945年の戦争終結後も数年間は食糧不足がひっ迫した状況が続き、飲食店の営業が禁止された時期もありお酒は配給されていましたが、1949年に酒類の自由販売と共に飲食店の営業が解禁されました。そしてその後、日本は急速な経済発展を迎えた中でビール・ジン・ウォッカなどの洋酒の輸入が自由化されてゆき、1969年の貿易自由化の際にはリキュールの輸入も自由化され、世界各国のリキュールが輸入されるようになりました

1960年代以降、世界で始めて日本のサントリー社が製品化したとされているメロン・リキュールの「ミドリ」や、緑茶を使った「グリーンティー・リキュール」、桜の花と葉のエキスを原料にした「サクラ・リキュール」など日本独自のリキュールも製品化されて、1970年代以降世界的に知られるようになりました