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ラムを知る

ラム酒はサトウキビの絞り汁から砂糖を作った後に残る糖蜜(とうみつ)もしくは絞り汁そのものを原料に発酵、蒸留、樽熟成して造られる蒸留酒です。世界で造られているラム酒の約98%が糖蜜を原料に造られており、糖蜜はモラセズと呼ばれるため、ラム酒を「モラセズ・スピリット」とも呼びます。
濃厚な甘い香りが特徴で、そのまま飲むだけでなく、カクテルの材料やお菓子の風味づけなどにも多用されているお酒です。

  1. ラムの種類
  2. 征服と支配の中で生まれ育ったラム酒
  3. ラムを材料に使ったカクテル

ラムの種類

製造法と風味による分類

ラム酒は製造法の違いから風味の異なる「ヘビー」「ミディアム」「ライト」の3タイプに分類されます。

「ヘビー・ラム」は原料の糖蜜を自然発酵させ単式蒸留器で蒸留した後に、内側を焦がしたオーク樽やバーボンで使った樽を使って3年以上熟成して造ります。強い風味と重厚な味わいが特徴です。樽熟成によって濃い褐色になるため「ダーク・ラム」とも呼ばれます。イギリスの植民地で発展し、現在はイギリス連邦加盟国のジャマイカ、ガイアナが主な生産地です。

「ミディアム・ラム」もヘビー・ラムと同様に原料の糖蜜を自然発酵させてアルコール化させますが、蒸留方式は銘柄によって単式蒸留のものと連続式蒸留のものがあります。蒸留後、カラメルで着色したり、フルーツで香味付けしたりする場合もあります。ヘビー・ラムとライト・ラムをブレンドして造る場合もあります。ヘビー・ラムと比べて風味がマイルドです。色はウイスキーやブランデーに近い褐色のものが多く「ゴールド・ラム」や「アンバー・ラム」などとも呼ばれます。フランス系の植民地で発展し現在のフランスの海外県であるマルティニーク島やグアドループ島が主な生産地です。

「ライト・ラム」は原料の糖蜜に水を酵母を使って発酵させ連続式蒸留器で蒸留した後に、内側を焦がしていないオーク樽やタンクで短期間熟成、もしくは熟成したものを活性炭で濾過します。ラムの中では最もクセがなく風味がソフトです。濾過せず樽熟成による褐色が付いているものは「ゴールド・ラム」と呼ばれますが、濾過により無色透明にしたものは「ホワイト・ラム」や「シルバー・ラム」などと呼ばれます。19世紀半ば以降に連続式蒸留器が登場した後にスペイン系の植民地で造られるようになり、現在ではキューバ、プエルトリコなどが主な生産地です。

色による分類

ラム酒はその色味から「ダーク」「ゴールド(もしくはアンバー)」「ホワイト(もしくはシルバー)」の3タイプに分類されます。この3分類はあくまで色味による分類ですが、製法・風味による「ヘビー」「ミディアム」「ライト」の分類とほぼ重なります。ただし「ライト・ラム」には「ホワイト」だけでなく「ゴールド」の色味をしたものもあって、完全に一致するわけではありません。

「ダーク・ラム」は濃い褐色をしたラム酒で、「ヘビー・ラム」のように樽熟成によって濃い色と風味が着いたものが多いです。他に、カラメルなどで着色したものもあります。

「ゴールド・ラム」は薄い褐色をしたラム酒で、「アンバー・ラム」とも呼ばれます。「ミディアム・ラム」や「ライト・ラム」のうち樽熟成後に濾過をしていないものはこの色になります。また「ダーク・ラム」と同様にカラメルなどで着色して造られるものもあります。

「ホワイト・ラム」は無色透明のラム酒で「シルバー・ラム」とも呼ばれます。「ライト・ラム」のうち樽を使わずタンクで短期間熟成したものや、樽での短期熟成後に活性炭によって濾過したものは無色透明となります。


征服と支配の中で生まれ育ったラム酒

ラム酒の起源は諸説あります。16世紀初めにプエルトリコを探検したスペイン人のポンセ・デ・レオンの一行が造ったという説、17世紀中頃にカリブ海の小アンティル諸島の東端にあるバルバドス島に移住したイギリス人が造り始めたという説が知られています。いずれにしても15世紀にコロンブスをはじめとしたヨーロッパ人がカリブ海域の西インド諸島にサトウキビを持ち込み、砂糖の製造が行われるようになっていたことが下地となって、その糖蜜を使ったラム酒が造りが始まりました。

ラム(rum)という名前の由来も諸説ありますが、ラムを飲んだバルバドス島の原住民が酔って興奮しているのを見たイギリス人が興奮を意味するラムバリオン(rumbalion)と表現したところからラムと呼ばれるようになったというのが有力な説です。尚、ラムバリオンは当時のイギリスのデボンシャー地方の方言で現在は使われていません。

17世紀半ば以降、これらの地域ではアフリカから連行した奴隷を働かせて砂糖を生産する大規模プランテーションが著しい発展をする砂糖革命と呼ばれる出来事が起こり、特にイギリス領だったジャマイカは世界の砂糖生産の中心地となりました。それに伴ってラム酒も大量に生産され世界に広まっていきますが、同時にラム酒は奴隷貿易と密接に結びついた暗い歴史を刻みました。具体的には船で西インド諸島からニュー・イングランドに砂糖や糖蜜を運び、代わりにそれを材料に造ったラム酒を積んで西アフリカに運び、代わりにそのラム酒を身代金として支払って黒人奴隷を乗せて西インド諸島に運び、西インド諸島ではその奴隷の労働力で一層砂糖の生産を拡大するという三角貿易の循環が構築されていたのです。この奴隷貿易に絡んだラム酒の生産は、19世紀に入って奴隷貿易に対する批判が高まり、1807年にアフリカ人奴隷貿易禁止を打ち出すまで続きました。



ラムを材料に使ったカクテル