マイ・タイのエピソード
マイ・タイには最初にレシピを作ったと主張する人が2人います。
ひとりはティキ文化やティキ・カクテルの父とされ、アメリカにティキ・バーの「ドン・ザ・ビーチコーマー(Don the Beachcomber)」をチェーン展開したことで知られているドン・ビーチ(Donn Beach:1907-1989)です。ティキ・バーとは1930年代アメリカでポリネシア(太平洋南方の島々がある海域)の文化を開放的な楽園世界と捉えて、その世界観をメニューや内装に取り込んで誕生したものです。ドン・ビーチは1933年にマイ・タイを作ったと主張していましたが、その根拠は示されておらず、現在この主張はあまり支持されていません。
もうひとりは「トレーダー・ヴィックス(Trader Vic’s)」というドン・ビーチのライバルでもありティキ・バーのチェーンを設立し数々のカクテルを世に送り出したことで知られるビクター・J・バージェロン(Victor J. Bergeron:1902-1984)です。バージェロンは、1944年にアメリカのカリフォルニア州オークランドにあった彼のレストランでマイ・タイを発明したとのことです。作ったカクテルをタヒチからレストランに来ていた友人に飲んでもらったところ、その友人は一口飲んで「Maita’i roa a'e !!(マイタイロアエ)」と叫んだそうです(タヒチ語で「この上ない!この世のものものならず最高!」という意味)。バージェロンは友人の叫んだ言葉からこのカクテルを「マイタイ」と名付けたということです。その後、彼のバーの人気カクテルとなり、さらに1950年代にハワイのいくつかのホテルのメニューとして紹介されて広まりました。
マイ・タイのレシピは公開されていなかったため、再現を試みたバーテンダー達による様々なバリエーションのレシピが存在しており、このページで紹介しているのはその中のひとつです。
